院長紹介

 

柔道整復師・鍼灸師  藤原康道

 

初めて治療というものを受けたときが治療家の原点

 

私は中学時代、野球部に所属していました。

正直、あまりうまくはなかったのですが(笑)毎日仲間と楽しく練習をしていました。

 

中学2年生の冬のある日、いつものように練習していると膝に違和感を覚えました。

 

最初は「あれ?なんかおかしいな」くらいでしたが、徐々に激しい痛みに変わっていきました。

 

それでもなんとか練習を終え、帰るころには「膝が曲がらない」「足を付けない」といった状態で何とか足を引きずって家に帰りました。

 

家に帰るとその状態を見た母が「○○先生のところに行ってみようか」といい、昔住んでいた家の近くにある整骨院に連れて行ってくれました。

 

その整骨院には小さいときに何度か行ったことがあったのですが、
「痛み」や「不安」を抱えた状態で行くのは初めてでした。

 

その当時の私の心境は「痛み」はもちろんありましたが、
それ以上に「また野球ができるのか?」とい不安。

 

知識も経験もある今から思えば、「もう野球は諦めろ」ってレベルからは程遠い負傷でした(笑)ですが、何の知識も経験もない者からすれば不安しかないわけです。

 

そんな思いが表情に出ていたのか、一通りの検査を終えた院長先生が温かい言葉をかけてくれました。

 

「大丈夫やで。また野球できるからな。」

 

院長先生からのその言葉は自信に満ちていて何より安心感を与える言葉で私の胸に突き刺さりました。一瞬ですが痛みもなくなったように感じました。

 

幼いながらも「治療だけでなく、人にこんな安心感を与えられる仕事ってかっこいい」と感動したのを今でも覚えています。

 

その後の2~3か月は練習も軽めにしながら通院し、

無事に野球部のまま卒業することができました。

 

厳しいながらもたくさんのことを学べた修業時代

 

高校を卒業すると即、鍼灸の専門学校に進学した私は入学と同時に近所の整骨院で働き始めました。朝から夕方まで整骨院で勤務し、夜間部コースの学校で授業を受け、また整骨院に戻り勉強や治療技術の向上。

 

正直しんどかったですが、毎日学ぶことが多くてとても充実した毎日でした。

 

そんな中で疑問に思ったことが一つ。

 

勉強が得意でなかった私は成績もクラスで最下位でした。

できなかったのもあるし、違和感を感じていた部分もあります。

 

その違和感は「学校で教わることと、臨床現場で使うことって全然違うな」っていうところです。後から気づいたことですが、専門学校は「国家試験に合格させる学校」であって「技術を教える学校」ではないということ。

 

国家試験に出る科目がイコール臨床で活きるものではなかったので、モヤモヤしながらもギリギリで試験を乗り越えていく学生生活でもありました。

 

元々少し頑固で自分が納得したことしか前に進められない性格なのでそこは苦労した部分でもありました。

 

ですがその違いに気づいてからはいつもの臨床現場で患者さんが笑顔になって帰っていくのがより一層嬉しく思えたのも覚えています。

 

「やっぱりこの仕事って楽しいし、人を笑顔にできる素晴らしい仕事なんだ」ということを今一度確認できたのもこの時代です。

 

 

父の癌発覚が健康に対する意識を変えた

 

今から3年前のクリスマス。母から1本のメールが。

「お父さん、癌かもしれん」

私は衝撃を受けました。私の父は「お酒を飲まない、たばこは吸わない、運動はよくする、癌家系でもない」。癌になる要素がわからなかったのです。

 

「嘘やろ?」と思いながら、診断結果を待ちました。結果は「膵臓癌」。それも手術ができないくらい癌が胆管に絡みついていて、余命は1年を宣告されました。

 

私や本人もちろん家族、特に母のショックが大きすぎて全員が悲しみにくれました。

 

と同時に私には無力感と疑問が湧き出てきました。

 

「あろうことか医療・健康産業で仕事をしている私の身近な人に何もしてあげることができない」という無力感と

「なぜ、癌という病気とは縁がなさそうな父に発症したのか?」という疑問です。

 

疑問に関してはたくさん調べて勉強しました。学生時代とは比較にならないくらいに(笑)

 

すると日本の癌や糖尿病の罹患率が異様に多いこと、病気の種類が増えていること、そして日本は寝たきり大国であることに気づきました(学生時代にも習っていましたが、気にも留めてなかったです)。

 

「これだけ医学が進歩しているのに、病気の人の数は増えている?」

 

「日本は長寿大国といわれているけど、平均の寝たきり年数が一番長い国?」

 

調べれば調べるほどわからなくなり、アメリカやヨーロッパの統計まで調べました。

 

するとある答えに行きつきました。私は医者でも科学者でもないので診断はできません。

ですが父が癌を発症したこととも無関係とは思えない。

 

それは「日々の栄養と食事」です。

 

特に栄養に関しては、現代の日本では賄いきることがほとんど不可能です。

こういった調べればわかる事実を

 

「みんな知らないのでは?」

「お医者さんは患者さんに教えているのかな?」

「こういったことをせめて私の手の届く範囲の人には伝えたいな」

 

こういった想いや経験から普段の施術や姿勢に関してだけでなく、日々の食事や健康についても患者さんにお伝えする方針を掲げて一つの「治療」としています。

 

父は闘病生活1年半の末、2018年8月に帰らぬ人となりました。

 

亡くなる前日まで私は足の浮腫みを少しでも和らげるため何時間もマッサージをしました。

それしかできることはなかった。相当の無力感でした。

「明日もマッサージに来てくれる」といって楽しみにしながら亡くなっていった父。

 

「父のように苦しむ人をもう生み出したくない」

「一人でも多くの方に本当に元気に健康になってほしい」

 

その一心で日々の治療に取り組んでいます。

 

当院へのアクセス情報

住所〒595-0802  大阪府泉北郡忠岡町高月南2-9-21
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電話0725-30-6521
アクセス 忠岡駅より車で9分・和泉府中駅より車で10分・久米田駅より車で10分(駐車場あり)